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Lexus New Takumi Projectの撮影をした話

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条件にぴったりな場所

手前に船を入れたカット。人物の配置が自然でなくなる。テストで色々と撮って見たが、これだけ横長の写真の中に高低差という要素が入ってくると収まりが悪くなる。3人の身長差もギリギリ許容できるかどうかだ。





ファミレスを後にして、コンビニでペットボトルを買い求めた。
移動中、エアコンをじゅうぶん効かせている車内にいても汗ばむほど気温が上がっている。
その夏の暑さに、焦る気持ちも加わり余計に喉が渇いた。

金華橋は、忠節橋と長良橋の中間に架かる橋で、この橋の少し上流で長良川花火大会の花火が打ち上げられる。

この辺りの河原に降りると、長良川、忠節橋、その後ろに伊吹山を望むことができる。

河原から忠節橋にカメラを向けると、横長の比率でも無理なく伊吹山が収まるのであった。


忠節橋と伊吹山。ここだと背景に無理なく伊吹山が入る。




金華橋を北に向かって渡り、左手に長良川競技場を見ながら長良橋を目指す。

右手側の長良川公園は、マラソンの金メダリスト、高橋尚子が高校時代に練習コースとして走っていた場所を高橋尚子ロードとして岐阜市が整備している。
長良川観光ホテル、鵜飼ミュージアム周辺を目指しながら、いくつか気になるところをチェックして車を走らせた。
長良橋付近にくると、長良川の洪水から街を守るために設けられた防水壁、陸閘が見えてくる。

普段、鉄の門は、車や人が往来できるように解放されているが、一定の水位に達すると、門を閉じて水害から街を守る仕組の構造物である。
大小様々な陸閘が設けられているが、1976年に初めて全閉されたとある。
観光ホテルに向かう途中に大きな防水壁を見ながら陸閘を通り抜けた時、趣のある町の風景が広がっていた。

こういった角度からでも岐阜を表現できそうだと感じたが、『金華山を入れる』という目的があったので、カメラを構えることなく車を降りて長良川沿いの道を歩いた。


長良川左岸にある乗船場。こちらも撮ろうと考えると悩ましく思えた。




車を降りてたどり着いた長良川の右岸は、遊歩道として綺麗に整備され、対岸には、長良橋のたもとに鵜飼の観覧船が何隻もかたまって佇んでいる。

こちら側の堤防は、スタジアムの観客席のような階段状になっており、下っていくと数隻係留されている木造の鵜舟が川の流れに合わせて小刻みに揺れていた。
鵜舟を手前に入れ込むアングルをいくつか試してみたが、人物の配置に無理が出てくる。

そもそも金華山は正面、遥か上方にあり、横長の比率にはとても収まらない。
鵜飼ミュージアムから観光ホテル周辺を、先ほど買い求めたペットボトルを片手にくまなく歩いたが、希望に添えるアングルはどうやっても得られそうもない。

けれども、防水壁にぽかんと開いた陸閘の向こう側に見える街並みには、いかにも岐阜らしい空気感が漂っているのであった。
この辺りからでも金華山を入れようとすれば、極端にカメラの位置を下げ、下から見上げれば無理やり入れ込むことができる。
試しに撮ってみると、思った通り、金華山は入る。
『それはそうだ。入れようと思えば確かに入る』
ここで、やっとひとつ納得することができた。

そもそも金華山を入れ込むというのは、無理があるような気がしてならなくなった。 今回の企画でいう地域性、風土とは、果たして金華山というランドマークを入れることなのか疑問が湧いてきた。

観光地を紹介するわけでなく、あくまで主役は3人の匠である。

資料をよくよく見直してみると、一目でどこで撮ったのかわかる写真は皆無であった。
念のため資料を読み返したが、『どこで撮ったかわかるように撮影すること』とはどこにも書かれていなかった。

金華山を入れようと今までロケハンしてきた場所は、希望通り撮れても安っぽい観光ガイドに使用する程度の仕上がりしか期待できない。

ど定番の王道中の王道(この場合は、金華山と人)も、大事ではあるけれど、それは今回に関しては全然面白くもないのである。

どうしてこのように思ったのか、納得してもらえるかもしれないので理由を書かせてもらいたい。
被写体を目立たせようと大きく撮っても、一目で見て認識できるものに対して、人は一瞬にして興味を失ってしまう。
逆に小さく写しておけば、何が写っているのか理解するために、同じものが写っていても時間をかけてその写真を見るだろう。
場合によっては、虫眼鏡を持ってきてじっくり見るかもしれない。
繰り返しのパターン的なものは、ある部分でパターンを全て入れ込まずにあえて画面からカットして、見る側に続いていくパターンを想像させる手法がある。

他にも、「あーなんでここで切っちゃったかなぁ」という写真は、失敗写真かもしれないが、そう言わせることができれば、見る側に切れてしまった部分を想像させることに成功しているといえる。

なんでも、しっかりはっきり写っていればいいというものではないのである。

これらの例と同様に、一見してすぐ金華山(岐阜)が写っているとわかると、その瞬間、見る側は、何が写っているのか理解した気持ちになって興味がとまってしまう。
岐阜で撮られているはずだけれど、どこだろう?というぐらいの方が、見る側に興味を持ってもらえる可能性が高まるというものだ。

それに、主役はひとつ。
あちこちに主役がいると、本当に見せたい主役が目立たなくなってしまう。

実際、何のために下見を繰り返しているのかわからなくなっていた。

夕暮れまで3時間ほど残っているが、二日間ロケハンに費やして出た答えが、金華山を入れようとすると、無理矢理撮った感が満載でろくな写真にならないということだった。

企画の趣旨を理解して、きちんとした主役のイメージを描いていなかったのがそもそも失敗の原因であった。

岐阜(岐阜の人)に持っている僕のイメージは、ふわりとした微風のような心地よい優しさだ。
伝統を大切にしながら新ししいものを作り出していく匠たちの人柄、空気感を写し出した結果、自動的に岐阜そのものを写した一枚にならなければならない。

この企画の意図する『地域性』は、その地域を見せることではなく、感じさせること空気感が必要なのだろうと思う。
しかし、金華山を一緒にという要望があるので、全くその提案ができないのではダメだ。

自分が導き出した答えが、よりよい結果を得るために本当に必要なことなのか?事前に試しておく必要もあった。
いくら時間をかけて探したといっても、お客さんが望むものを出さずに、全く違うものをこちらの方がいいからと押し付けるわけにもいかない。
これ以上、金華山を写せる場所を探す時間が惜しかったが、金華山がしっかり収まる場所と併せて、金華山なしの場所を提案し納得して選んでもらうことにした。


岐阜バスのバス停。ゆったりとした岐阜のイメージ・・・岐阜バスをPRするロケがあるならここでと思う。全身を入れようとするとこの距離感になる。ちょうど人がいたので、よい写真が撮れた。ありがとうございます!




観光ホテル周辺で、陸閘の間から見える街並みなどいくつか写真に撮って、千鳥橋を目指し、長良川上流に向かって車を走らせた。

途中、長良川をバックにバス停のある風景などを撮影した。

納得してもらえるという絶対的な手応えはなかったが、ようやく、もやもやとしたものがなくなり撮影によいイメージが描けてきた。
県道94号線を走り、真新しい鵜飼大橋を越え、左手にぶどう園を眺めながらさらに進んでいくと、御料鵜飼(皇室に納める鮎を捕る鵜飼)が行われている古津地区に入る。

千鳥橋は、御料鵜飼が行われる場所のすぐ上流に架かっている。

歩道は下流側にしかないが、所々ポーチが設けられており、『引き』が取れるので撮影にはありがたい。
ここなら、横長の比率でも、長良川と金華山を収めることができる。

やっと最低限の責任を果たせたことに安堵した。


千鳥橋から金華山を望む。記念写真にはよい場所になりそうだ。




しかしこの場所では、『撮りました』といったような記念写真の領域を出れず、面白い写真になる感触は得られなかった。


長良川の右岸を見るカット。この風景も岐阜ならでは。鵜匠たちが準備を始める夕暮れ時を待って撮影という案もあったが、残念ながら撮影する機会はなかった。




市内に残る古い町並み。左右に”抑え”が入るので、自然に人物に目がいく。無理なく撮れそうな場所だ。




ここでは工夫らしい工夫もできないので、先ほど走ってきた長良川の対岸の道を市内の中心部に向けて車を走らせ、暗くなるまでいくつか気になる場所を撮影して、本社で仕事をしながロケハンの成果を待っているであろう十文字さんとの打ち合わせに臨んだ。

最後の打ち合わせ

「お疲れさまです」
僕には、やりきった自信と、よりよい提案をする自信が戻っていた。

「どうでした?やはり千鳥橋ですか?」
「はい、千鳥橋で撮れそうですが・・・」

ロケハンの様子を漏らさず報告した。

僕の報告を聞いた十文字さんは、最初そんなはずはないといった反応だったが、撮った写真を予定されている比率にトリミングしながら説明すると、状況は飲み込めたようだった。

「僕も、ロケハン前は、すぐによい場所がたくさん見つかると思っていたので意外に手こずりました」
と、付け加えた。

地元の新聞社として、岐阜市内で岐阜らしい写真をという撮影なのに、金華山を入れないという選択肢は難しいのかもしれなかった。

個人としても地元を大切に思う気持ちが、そのようにさせている部分があっても不思議ではない。
この場合「なんとか金華山を入れて撮れないか?」と、僕の意見を受け入れない方が、地元の新聞社に籍を置く者の反応としては正しいようにさえ思えた。
十文字さんは、県内のあちこちで取材を重ねてきた経験もあるのでなおさらだ。

ノートパソコンに映し出されたデータを何度か見ながら、『金華山を入れるのは無理がある』という僕の意見を受け入れて、十文字さんなりの落としどころを見つけこういった。

『千鳥橋ともうひとつ、金華山を入れない場所の撮影をしておきましょう』

本社で3人の匠との対談が終わった後、千鳥橋に向かい、また本社に戻って解散なので、帰る途中に撮影するという形で、スケジュールの調整しておくと淡々と話した。
十文字さんは、カメラを持って現場を回っていた頃と変わらない熱量で、これ以上ないという選択をして今回の撮影を後押ししてくれた。



Author: masaki

駒田匡紀(こまだ まさき) 1971.6.13 フリーカメラマンです  撮影や取材など、お問い合わせは、コンタクトフォーム、メールをご利用いただけます。 スタジオについてはPhotoStudioをご覧下さい

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